探偵
「みなさんお揃いですね」
探偵はそう言って帽子を被り直した。暖炉のある大きな部屋の中には独特の緊張感が漂っている。
「大袈裟な舞台装置だな。どういうつもりだ」
大柄な男が苛ついたように言う。名前は知らない。
探偵は男を一瞥すると微笑んで言った。
「何度も説明するのは面倒ですからね。こうして皆さんに集まっていただいたのです」
ふん、と鼻を鳴らして男は椅子に座った。「早く済ませろ」
「あの…」おずおずと女性が声をあげる。「犯人が分かったのでしょうか」
「ええ。私の推理が正しければ」
オレは一週間前からこの洋館に宿泊している。ここに来た初日に、老人が殺害された。名前は知らない。
ここにはオレ以外に8人の人間が泊まっていたようで、そのうち7人は知り合い。1人がこの探偵だった。殺された老人は7人の仲間だったようで、かなりゴタゴタがあったようだが、オレには関係ない。さすがに帰ろうかと思ったが外はとんでもない大雪が続いていた。
そして最終日の今日、こうして探偵が全員を集め、推理をご披露するというわけだ。ご苦労なことだ。オレまで集めなくていいだろうと思ったがそうはいかないようだ。オレは基本的に部屋でソリティアをやっていたんだから何の参考にもならないのに。
などとボーッと考えていると、推理も中盤に差し掛かっているようだった。
「鈴木さん、あなたがドアの鍵を開けたのが20時頃。間違いありませんね?」
「ああ。少しウイスキーを飲もうと思ったんだ。戸棚から酒を出してすぐに戻ったよ」
「つまりその後鍵は開いていた。誰でも自由に出入りができたわけです」
どこの鍵の話をしているのだ。というかこの洋館にはそんな飲み放題のウイスキーがあったのか?オレはソリティアをやっていただけだから知らなかった。あとウイスキーは飲めないし
「山本さん」
「はいっ!」
急に自分の名前を呼ばれてびっくりしてしまった。オレに何か聞くことがあるのか?最初の捜査の時もオレだけ2分で質問が終わったではないか。
「あなたはその時間何をしていましたか?」
「その時間?」
「片岡さんが納屋の様子を見に行った時です」
片岡って誰だ。
「何時ですか?」「22時です」「いつの?」「18日の」「あー」
オレは考える。
「ソリティアをやっていました」
そうですね、と探偵が頷く。何がそうですねだ。
大体こんな洋館に一人で泊まりに来たのが運の尽きだった。スキーをしようと思ってるるぶで宿泊施設を調べたら良い感じの洋館が出てきたから、クーポン使って泊まったんだ。それなのに外は連日の吹雪で、外に出ることもできやしない。インターネットも繋がらない。せっかく有給を一週間取ってきたのに
「山本さん」
「はいっ!」今度は何だ。
「先程あなたはソリティアをやっていたと仰いましたね」
「はい」
「しかしその後あなたが部屋の外に出るのを見た人がいます」
「あー」オレは思い出す。
「風呂に入ったんですよね」
「風呂に」「はい」「その後は?」
オレは考える。
「ソリティアをやっていました」
バンっと大柄な男が机を叩いて立ち上がった。
何がそんなわけないのだろうか。
「こんなところまで来て一日中ソリティアをやっているなんてありえない」
オレは戸惑った。
「でも、オレはソリティアが大好きなんです」
ソリティアだけじゃダメなのか?
「ソリティア以外もやってました、オセロとかも」
一応補足しておいたが誰も聞いていなかった。
「ソリティアは一人用ですが、オセロは対人戦なのでハラハラしますよね」
誰も何も言ってくれなかった。
推理が佳境に入ってきたようで、探偵の演説にも熱が入ってきた。
「いいですか、あなたが食べたのはカレーではない!ハヤシライスだったんです」
どんな事件なんだ。
「そんな…じゃあ今まで私が作っていたのは」
「奥さん、ハヤシライスです」
女性が泣き出す。泣くなそんなことで。
あと、逆だろ。ハヤシライスと間違えてカレー作るのはまあわかるけどカレーと間違えてハヤシライス作ることはないだろ。
「つまり犯人は」
やっと終わりか。
「山本さん、あなたです」
「え?」
山本さん、と確かにそう言った。山本はオレだ。
「ちょっと待ってくれ、なんで」
「山本さんあなた嘘をついていますね」
「嘘?だからオレはソリティアが大好きなんだって」
なんなんだ。ソリティアをやってはいけないのか。ソリティアは犯罪か?
「そうですね」
「そうですねってなんなんだよ」
「ですから、あなたはソリティアだけやっておくべきでした」
私は自分のミスに気がついた。
「外は連日大雪が降っていました。外に出ることはできず、インターネットも使えない。でもあなたは先程、オセロをやっていたと言いましたね。この状況でオセロはできない。特に対人戦は」
私は何も言い返せなかった。確かに、私はこの男に敗北したようだ。
「だからソリティアが好きなんですよ」
と私は笑った。誰も笑っていなかった。