銀色の玉の中で息を潜めて丸まっている

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斧を落とした話

また斧を落としてしまった。池ぽちゃだ。これで何度目だ。オレの指には指紋が付いてないのか。斧だって安くない。もしここが別の池だったら破産しているところだ。

一回目はたいそう驚いたもんだ。斧を落としてしまって、Oh Noってか、なんて笑えないことを考えていたらいきなり水面がパーっと光り出したんだから。生半可な光量じゃなかったね。一瞬失明したかと思った。光が弱まったと思ったら、あの、ディズニーランドのパレードで山車の上にいるような金髪超絶美人が池の中央からスーッと浮かび上がって来た。パツキン美人はおよそ彼女に似つかわしくないようなギンギラギンの金の斧を両手で持ってオレに言うわけだ、「あなたが落としたのはこの金の斧ですか」。

まあオレだって高卒だけど昔話くらいは知ってるわけで、これは噂に聞く女神様ってやつだなと気づいたね。だから正直に全部答えて、オレの相棒の鉄の斧と、金と銀の斧をもらったわけだ。そんでえっちらおっちら三本の斧を家まで持って帰ってみると金と銀の斧はパーっと光って土くれに変わっちまった。まあそんなうまい話は無いだろうなって感じだ。斧が戻ってきただけマシだ。

これが一回目だった。最近ではもう慣れたもんで、金と銀の斧は実は土くれだってわかってるから断ってる。「レシートいらないです」みたいなもんだ。

そんで今回もまた斧を落としちまったわけで、これから池がまたパーっと光って、中央から金髪グラマーの女神様が出てくるわけだが。美人が斧を持ってる姿、あれはミスマッチ感がたまらなく良いものだな。

 

はて、出てきたのはスーツ姿の男だった。生真面目そうなメタルフレームの眼鏡をかけて、髪はきちんとセットしてある。「ご利用いただき誠にありがとうございます」と男が頭を下げる。男が両手に抱えているのは、オレが落とした鉄の斧だった。

男は水面を滑るように近づいてきてオレに鉄の斧を渡した。「こちらの斧で間違いありませんか」と聞きながら何かの書類のようなものを取り出す。オレは戸惑って「あっ、はい」と小林製薬さながらのコミュ障具合を発揮した返事をしてしまった。「ではこちらにサインをお願いします」オレはサインをしながら「あの、女神様のくだりは無くなったんですか?」と男に聞いた。

男は眼鏡を押し上げると「はい、今の時代なんでも効率化を図るべきだ、との上からの指示がありまして」「世間の公務員への目は厳しいですから」と言った。そういうものかね。オレはふと女神様は今何をしているのか気になって尋ねてみた。「ああ、彼女は公認会計士の資格を持っていたので、そっちで今は働いているようですよ。詳しくは知らないのですが」とのことだった。公認会計士ねえ。そういうものかね。