銀色の玉の中で息を潜めて丸まっている

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自己肯定感に関する一つの結論

自分は自己肯定感が低いんだ、と長年思っていた。自己肯定感が低くてプライドが高い難儀な性格なんだと。

 

それは要するに、自撮りを撮ることができない、とかそういうことだ。自撮りを撮ってSNSにあげる、あるいは何かポーズを撮って写真を撮ってもらう、そういう些細なことができない性格にコンプレックスを感じてきた。それらができる人を(本当に皮肉とかではなく)羨ましいと思っている。

 

だから、オレは自己肯定感が低いんだと思っていた。自分の顔はそんな真正面から捉えるほど上等なものではないから。

 

だが、オレは違和感をずっと覚えてきた。オレの自己肯定感が低いはずがないのだ。例えば、youtubeで動画を出しているのは全然恥ずかしくない。自分の面白さに自信があるから。

Twitterで人に見てもらうためのツイートをするアカウントを長年やっているのも、面白さに自信があるからだ。

 

オレは「内面の自撮り」みたいなことをずっとやってきている。

 

要するに、オレは自分の外見、もっと言えば「顔面」に自信がないだけで(首から下は好き、筋肉があるし)自己肯定感が低いわけではない、むしろ高い!ということがわかってきた。ナルシシズムが低いだけだ。自己肯定感もプライドも高い。顔が良ければ自撮りをする精神を持っているはずだ。

 

いや、一応言っておくが、オレは「自撮りをする」=「顔面に自信がある」とは思っていない。自撮りができるという精神性、つまり世界を真正面から受け入れるというような、そういう姿勢のことを言っている。実際の顔面の造形には関係なく。そういう精神が本当に羨ましい。斜に構えることなく世界と対峙したい。

 

インスタのアカウントを作るところから始めようと思う。先ず隗より始めよ。