銀色の玉の中で息を潜めて丸まっている

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新年度の話

2019年。4月1日。新年度の始まり。

かと言って何が変わるわけでもない。

 

「エイプリルフールです」

 

と言って面白い嘘の一つもつくわけでもない。面白い嘘をついてくる友達もいない。オレもそのユーモアはやらない。普段から嘘ばっかついてるみたいなとこあるし。

 

オレはいつものように目覚まし時計を不機嫌にぶっ叩いて布団から這い出す。母が何か話しかけてくるので「あぁ」とか「うぅ」などの呻き声で返す。

コーヒーを飲む。朝食をとる。顔を洗う。歯を磨く。犬を触る。着替える。犬を触る。

 

家を出る。やっと精神が起きてきた。

 

外は晴れているがなんとなく雨の匂いがする。昨夜降ったんだろう。余談だが「雨の匂いが好き」と言っている女は大体留学する。

 

電車が人身事故で遅延している。どこかで誰かが人生からドロップアウトしたのだろう。「線路に降りると人生から抜け出せる」という裏技があるらしい。オレはよく知らないが。ワザップに書いてあった。

 

何も4月1日に死ななくても、とも思うけど、まあ、そろそろ良いかなという気持ちになるのもわかる。

 

「エイプリルフールです」

 

と言ってひょっこり生き返るかもしれないし。閻魔大王も笑って許してくれるだろうか。

 

電車はすごく混んでいて、腸詰みたいにパンパンだ。巨人は電車をひょいとつまんでフライパンで野菜とジャッと炒めて

朝食にする。

オレはいつも思っているけど、なんとなく電車は血管に似ている。人間は都市にエネルギーを与える赤血球で、上り線が動脈。下り線が静脈。逆か?まあどっちでもいいや。

 

駅に着いたから降りる。ホームでは人が交錯している。心なしかいつもより煩雑だ。新年度だからか。

オレはのそのそと地上に這い出す。太陽が「みんな働けよ〜」と言っている。オレは学生だから「うるせえ」と言う。

 

渋谷。たくさんの人が行き交っている。全員がオレと関係のないところで人生を送って死んでいくらしい。

 

「エイプリルフールです」

 

オレは驚いて振り返る。今すれ違った男、確かに「エイプリルフールです」と言った。男は既に雑踏に消えている。聞き間違いか?それとも電話でもしていた?

 

「エイプリルフールです」

 

気がつくと周りには誰もいない。

 

全員を黒で覆った黒子たちが次々と現れる。なんだ?

 

「お疲れ様でした〜」と言いながら、彼らは渋谷の風景が描かれたハリボテの板を片付けていく。青空は脚立に乗った黒子にベリベリと剥がされていく。太陽はクレーンで降ろされる。

 

オレの周りの世界がどんどん撤去されていく。後には何も無くなる。

 

待ってくれ。なんだこれは?

全部嘘だった。

どこから?

生まれたときから。

 

世界は片付けられていき、

 

虚空とオレだけが残った。

 

突然誰かに腕を掴まれた。

 

肩からガポッと

 

腕が外された。

 

足が外れる。

 

胴体も。

 

 

 

「エイプリルフールです」

 

意識

 

だけが

 

 

意識